ホームページのTOPへ

”ちょうどいい”がここにある。理想の奥出雲ライフ。

南博幸さん

プロフィール
大阪府出身
ラグビー指導や教員として大阪府や東京都での教育現場に従事、
現在は地域おこし協力隊(フォレストワーカー)として活動
2025年4月に東京都から奥出雲町に移住

ー移住したきっかけを教えてください。ー
全国から移住先を調べる中で、奥出雲町を知りました。私と妻が希望する物件や職種に出会うことができ、最終的に奥出雲町高尾地区への移住を決めました。

ー移住にあたって、どのような条件を重視されていましたか?ー
犬と暮らせる環境であること、山や川が近く自然を感じられること、隣家との距離が遠すぎず近すぎないことなどです。住まいを探す中で、地方には大豪邸の家屋が多いことに驚きました。広すぎず、でも自分たちが快適に暮らせるサイズ感を大切にしました。そんな中でこの住まいを紹介いただきました。現地での下見もし、妻とも「ここがいいね」となりまして、住居として決めました。

ー移住後の暮らしについて教えてくださいー
この土地にはたたら製鉄があったそうで、ここもかつては事務所として使用されていたそうです。元はかやぶきの平屋でしたが、前の住民の方が改築し、現在の二階建ての住居になったと伺っています。そのため、移住してすぐは二階を生活スペースとして使いながら、およそ二カ月かけて一階の修繕を行いました。日中はフォレストワーカーとして働き、帰宅後はDIYでリフォームをし、休日には畑仕事や草刈りを、という生活です。床の張り替え等は全て自分たちで行いました。スポーツをしていたので体力的にも問題なく、むしろ自分たちのペースで作業でき、とても楽しい時間でした。

近所の皆さんも本当に親切で、数年間放置されていた庭の手入れを手伝ってくださったり、野菜の収穫のタイミングを教えてくださいます。集落は9軒ほどで、自治会行事は以前と比べると減ったと聞きます。でも皆さん暗くないというか、暮らしを満喫されている印象です。


リフォーム前の家屋


リフォーム後(取材時)

ー地域おこし協力隊の業務について教えてくださいー
森林組合でのフォレストワーカーの仕事は、木の伐採や管理が中心です。週5回の勤務で、山の中での作業です。実はもともと大学卒業後は林業分野での就職を考えていて、島根県の森林組合の試験も受けたんです。けれど、ラグビー指導で声をかけられ、そのまま指導者の道に進みました。ですので、この奥出雲町でようやく目指していた職種に就くことができました。

ーお仕事でのこれまでに経験について教えてくださいー
中学・高校・大学とラグビーをしていた経験を買われ、学校現場でコーチを務めました。様々な考えや境遇をもつ子ども達と接する中で、”自分の幅が狭い”と感じることが増えてきました。自分の幅が狭いのは”知らないから”だと思っていて、なら、”もっと視野を広げたい”と考え、28歳の時に青年海外協力隊としてエルサルバドルに赴き、体育教育の普及に携わりました。その後は中学校での教職や、大学院への入学、行政の立場での学校管理運営などを経験しました。それぞれの現場で様々な経験をし、また本当に沢山の方にお世話になったことは私の人生の大きな財産です。

ー奥出雲町で「幸せ」を感じる瞬間ー
僕は元々地方の育ちで、日本の田舎風景が幼少期の記憶に重なります。東京での暮らしも充実していましたが、満員電車でスマホを眺め続ける人たちを見て違和感を抱いていました。今は暮らしの中に自然が溶け込み、自分のペースで仕事ができ、休日には庭の手入れやちょっとした旅行にも出かけられる、奥出雲の暮らしはまさにパラダイスで、本当に理想的な生活を送ることができています。また、田舎暮らしに憧れはもちつつも、離島などの”究極の田舎暮らし”は自分たちには合わないとも感じていました。奥出雲は車でどこにでも移動しやすく、買い物などの日常の不便さを感じることもありません。「自然豊かだけど不便すぎない」という、まさに“ちょうど良い田舎”であることも、ここでの暮らしが心地よい理由の一つです。こうした日常を過ごせること自体が、何より幸せだと感じます。

―今後の展望を教えてください―
フォレストワーカーとしての任期は3年です。将来的には、地域の人々と協力しながら、誰もが潤う活動を模索していきたいと考えています。

 

 

2026.02.13